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株式会社三信建材社
〒871-0006
大分県中津市大字東浜1105番地1
TEL.0979-22-2830
FAX.0979-23-3830

プレスセメント瓦・セラミック瓦(ゆきち瓦)・製造販売施工
CP材(高断熱性耐火材料)、セメント、衛生陶器、太陽光発電システム、その他一般建材の販売、内装仕上げ工事の設計・施工、上下水道衛生工事の請負

 かわらばん

社内の隠れエッセイストたちのお部屋です。 毎月お楽しみに。
 毎月お楽しみに。
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「ぼくたち、『い し ば し』」

2013-12-01
 僕たちは、石橋。院内に住んでいるんだ。兄弟が76人もいて、とても有名なんだ。院内の人たちは、僕らにとっても優しいし、何よりも大事にしてくれるんだ。癒しを求めて来ちくれる人たちに、結構もてている兄弟に自己紹介させよう。
 
●わしは、長男の打上橋(うちあがりばし)、兄弟のなかで一番古い石橋(石造アーチ橋)なんだ。江戸時代末の文
   久3年(1863年)に生まれたんで、今年で150歳。おやじ(石工)は、山村 藤四郎。わしの身長(橋長)は、
 17,80m。
 アーチは一つ。今は橋としての役目を終え、ひっそりと横たわっている。
 わしのすぐ隣に昭和初期に生まれた打上水路橋(うちあがりばしすいろきょう)がおるんで、あんまり寂しくは
 ない。ただ、ここ最近大水が出ることが多く、老体には非常に厳しいし、流されるんじゃないかと怖いん
 じゃ。
 わしは若い子にはあんまりもてんけど、写真愛好家の人たちにはもてもてなんだ、写真を撮らせてくれって。 しょうがないから無料で撮らせよる。
 住んでる所は、高並。老人施設の妙見荘のそばじゃ。わしも地域の方々に介護されよる。

●わしは、何番目に生まれたかは分からんが大正14年10月の生まれで、滝貞(たきさだ)という部落に住んで
 いる。
 名前は両合川橋(りょうあいがわばし)という。おやじは吉村 万太郎。アーチは一つ。わしの身長(橋長)は
 9,80mと小さいが、小平(こびら)と滝貞の部落をつなぐ役割じゃき、両地域の人々には感謝されとる。今も
 現役じゃが、
 通せても人と農機具くらいじゃ。
 周りに棚田が広がっちょるので、景色に溶け込んだわしの姿は優しく美しいと見に来てくれたみんなが褒めて
 くれる。ただ、この地域の過疎化が進み、子どもたちの声が聞こえんごつなったんが、なにより寂しい。
 
●わしは荒瀬橋(あらせばし)、アーチを2つ持っちょるので本当の眼鏡橋かな。2連のアーチを持つ兄弟がほか
 にもおるが、わしを見に来てくれたみんなが、わしが一番整った「めがね橋」だと言ってくれるき、なんぼか
 恥ずかしい。もう一つ自慢すると、足(橋脚)の長さも兄弟のなかで一番じゃ、なんぼあるち思う。橋高だけど
 18,30mじゃ。わしの背中に乗って、下の恵良川を見ると怖いでぇ。
 わしも何番目に生まれたかは分からんが、大正2年に生まれたき、今年ちょうど100歳、長寿を祝っちおく
 れ。院内の「道の駅」のすぐそばに住んじょる。おやじが有名で鼻高々じゃ。わしのおやじは、松田 新之助
 (まつだ し んのすけ)。おやじは、わしのほか鳥居橋(とりいばし/5連)御沓橋(みくつばし/3連)富士見橋
 (ふじみばし/3連)水雲橋(すのりばし/2連)など、多くの兄弟を残した名石なんだ。
 生まれてからずっと陸軍日出生台演習場への馬に牽かれた重たい銃火砲を通してやりよったき、昭和14年に
 結構大きな手術をしたんじゃ。お陰で今も元気で車を通してやりよん。

●私は鳥居橋、兄弟のなかで唯一のお姫様?。大正5年7月に香下に生まれました。お父さんは前述のとおり
 田 新之助です。
 私は、5つ(5連)のアーチを持っており、兄弟のなかで一番です。身長(橋長)は55,15m、兄弟のなかでは
 2番目。天にすらっと伸びた細い足(橋脚)から別名を「石橋の貴婦人」を呼ばれております。97歳となった
 今は、見学 に来られたおじいちゃんから、まだまだ若い美しいと言われるくらいですが、若い頃は“結婚し
 てください”と何度プロポーズされたことか(笑い)。
 時代の流れで、すぐ近くに院内インターの入り口があるので、国道387号線を通る車の通行料も増えてうる
 さくなりました。まだまだ元気に暮らしておりますが、大型車にはご遠慮いただきたい年になりました。
 私の高さ(橋高)は、14,05mもあるのですが、長男の打上橋も嘆いておりましたよう、ここ最近私の姿が隠
 れてしまうほどの大水に悩まされる回数が増えました。流されるのではと、本当に怖いです。

●僕は父の背橋(ちちのせばし)。僕は、院内北部小学校のお父さんを中心に親子で試行錯誤を繰り返し4年もの
 歳月をかけち、平成23年9月25日に生まれた末っ子。だから、院内北部小学校の校庭に住んじょる。まだ
 2歳になったばっかりなんで、子どもたちの帰ったあとは寂しい。
 僕は、2連の石造アーチ橋で身長(橋長)10m。院内に住んじょるお兄さんと同じ石・阿蘇溶結凝灰岩(あ
 そようけつぎょうかいがん)を使っちくれちょん。
 僕は76番目の末っ子として、石橋として認知してもらいたいち思うちょるが「橋の定義(注1)」ち言うのが
 あって、身長(橋長)はクリアーしちょるが下に川が流れよらんけん、生まれちから2年経つが、まだはっきり
 しちょらん。
 院内の石橋ガイドさんたちゃ、僕をちゃんと見に来てくれた人たちに76番目の末っ子ち案内してくれよん。
 写真を撮らるんのがほんとに嬉しい。どんどん撮って。
 
 注1: 河川、湖沼、水路等の上方にこれらを横断するために建設される構造物。
 
 
 どうですか、読めましたか。
 院内には多くの石造アーチ橋が現存しております。その数75基(前述の通りだと76基)で日本一なので
 す。
 では、この石橋は全国ではどれくらい現存していると思いますか。はい、見当がつきませんよね。その数概数
 ですが約2,000基です。
 その内、九州に約1,800基、大分県には503基です。県別は最多です。興味が湧いてきませんか? 皆
 さんが居住されている地域で、毎日通行している橋の下を覗いて見てください。石橋ではないですか。大分県
 には前述の 通り多くの石橋が現存しているのです。案外、石橋だと気づいていないことが多いいのです。
 石造アーチ橋のルーツとか、どうやって造るのかとか、なぜ九州に多いのか等々の疑問はまたの機会にしま
 しょう。
  私は院内在住で、石橋を目当てに当地を訪れていただいた方々にボランティアで、土曜・日曜のみですが、
 ふるさとガイドをしております。
 残念ながら季節は冬、暖かくなったら一緒に石橋を巡ってみませんか。
 
 【問い合わせ先】
 宇佐市観光協会・院内支部(☎0978-42-6040)「道の駅・院内」の敷地内にあります。
 
(有)三不 中野信司

「ザ・転勤Ⅱ」

2013-11-01
早いですね、宇佐に転勤になって1年10ヵ月、早いようで短いような日々を日夜頑張っています。ここに来て最近特に感じるのがやはり太陽光発電システムの人気ですね。当初は売電価格の低下で少しの陰りが出るだろうと思いきや、この地域性かもしれませんがなかなかのものです。世間はアベノミクスの効果などで景気の上昇なんかを耳にするが、もし事実としても地方までの影響が(良い意味で)あるのかな?
 
今何が求められるのか、又何が無駄なのかをそしてこの先、来年4月からの消費税UPもある、慌ただしい日々が続きそうだ。考えてみれば、私が入社当時の売上台帳(30年前)と現在の2013年の売上台帳の中身はかなり変わっていますよね(当然です)。そうですよね、もし30年前に現在のiphoneなんかの携帯端末機があったら・・・・それは完全に理解を超えていますよね。その現物を見てもまさに空想の商品ですよね。
 
空想と言えば私がまだ幼い頃、鉄腕アトムの漫画がありましたが、まさに今その空想の商品がここに来て現実の物になってきてます。今や車に関しても自動運転が出来る車が開発されて将来は実用化の予定とか。私たちも夢を夢で終わるの事の無いように目的を常に持って宇佐で元気出しています・・・。
毎度の事でタイトルと外れた内容のなってしまいました。(ゴメンナサイ)

宇佐支店 K.O.

「ものは考えよう・・・」

2013-10-01
月々のアパート代55,000円、電気代9,860円(平均)、ガス代12,650円(平均)、水道代 4,500円、一ヶ月合計82,010円 何もしなくても生活するだけでかかる。仮に70歳まで払う事を計算すると34,444,200円払うことになる。これは家がたつぞ、と思ったのが始まりでした。
 
払い終わっても自分のものになる訳でもなく、財産として残る訳でもなく、今の生活のままでは部屋のスペースも十分ではなく、高エネルギー住宅(省エネ住宅ではありません)で月々の光熱費もばかになりません。エコ住宅、いわゆるオール電化+太陽光+HEMS(ヘムズ)システムを搭載した住宅であれば月々の光熱費が効率よく削減できなおかつ快適な住環境のもと生活することができます。太陽光で発電した電気はまず屋内で使用し、使いきれず余った電気は電力会社へ購入金額よりも割高で売る事ができます。ここまでは太陽光発電システムだけの特徴なのですが、HEMSシステム(電力見える化、自動コントロールシステム)を取り入れる事で、気象予報情報を自動感知して晴天の日であれば昼間の余った電気でエコキュートのお湯をわかしたり、昼間の割高な時間帯で設定した電力を超えて使用すると機器(エアコンやIH)の電力を抑制してくれたり、アラーム等で知らせてくれます(運転設定が必要)。また各部屋ごとの電気使用量がHEMSモニターで確認でき、無駄な電気はこまめに節電するようになります。
 
とゆうことで月々の収支の負担があまり変わらないなら、新築を建てた方が将来性があるのではないかと思い着工いたしました。職種上太陽光発電システムをつけざるを得ない事は当然であり、スマートハウスに対応出来る様HEMSも導入することにしました。気になるのは実際にどんなメリットがあるのかとゆうことですが、7月より住み始めたのですが、下の子がまだ小さいので、日中はエアコンを27度程度で常時運転、夜間は28度程度で常時運転、もちろん多少の節電はHEMSモニターのおかげで意識的にできます。
 
7月の電気代6,450円、ガス代0円、水道代4,850円、住宅ローンをたしても家を建てる前の支出とほぼ変わらず逆に減った位です。まだまだこれだけではありません。太陽光発電で余った電気を売ったお金(売電)があります。7月の売電は26,544円でした。オール電化と太陽光とスマートハウスにした経済効果は電気代の差額で-3,410円、ガス代は発生しないので、 -12,650円、売電で-26,544円、煙草をやめた事で-24,600円、居酒屋の回数を減らして -20,000円と多少の我慢は必要でトータル87,204円もの経済効果をあげることが出来ました。
 
なによりほとんど変わらない負担で新築に住め快適な暮らしが出来る事はスマートですね。 変わらないどころか以前よりも経済的にゆとりが出来た気がします。ものは考えようです。 皆さんも多少の工夫でスマートな生活をしてみてはいかがでしょうか。ちなみに設置している太陽光とHEMSはパナソニックです。興味のある方はいつでも遊びに来て下さい。
 
PV推進チーム S.K.

「再会」

2013-09-01
 皆様も大人になって衝撃的な再会をした事がありますか?私は35才での神楽との再会がそれでした。
 
 子供の頃からよくお祭に友達と行ったものです。お宮では必ず神楽をしており、その時の鬼の凄さはまだ記憶に残っています。しかし社会人になってからは、なかなか祭には行かなくなっていました。ところが、たまたま妻の実家に行った時の秋祭りで、いつしか忘れかけていた神楽と運命的な出会いをすることになりました。一瞬にしてあの幼き頃の神楽の思い出が甦り、気が付けば夜中まで見入っていました。その時に思ったのです。この幼き頃の感動を与えてくれた、素晴らしく良き日本の神話である神楽。しかし、後継者が少なく存続が難しくなりつつある神楽。出来るものであればなんとしてでも未来の子供たちへ伝えたい。是非残していきたい。という強い思いで志を共にする仲間達と神楽講を立上げました。
 
 我々の神楽講も今年で15年目を迎えます。今では、約9ヶ所の地区の秋祭りに呼ばれています。やはり地区の方々や子供たちに、喜んで又感動して頂ける事が一番うれしく思います。それぞれが皆違う職業で、祭でもなかなか全員揃う事が難しくなっていますが、今後も絶えることなく継続していき、祭を楽しみ、感動を与えていけたらと思います。その感動を、いつか子供たちが大人になった時、思い出してもらえたらとの願いで今後も継続していけたらと思います。
 
 神楽を始める前までは『神様』の事をそれ程意識した事はありませんでしたが、今はいろんな意味で意識するようになりました。たとえば、皆様もよくご存知であると思いますが、新築する時に建築の前に必ず地鎮祭を執り行うと思いますが、悪霊を追い払い土地を神聖なものに変える儀式又は、建築の成功を祈る祭礼だと思っている方が多いようですが、実際の意味は少し違います。地鎮祭は、土地の神に対して人間がその上に家を建てる非礼を詫びる真心を示し、さらにその神の加護によってその家に対して災いが起きぬように、土地の神の怒りを鎮める祭礼なのです。つまり、人間が勝手に家などを建て、神の領域を汚す非礼に対して「たたり」を及ぼさぬように、その怒りを鎮めるものなのです。これは神道の本に記されていました。
 
皆様もどこかで神楽を見かけたら応援して下さい。

行橋支店 K.Y.

「祭り」

2013-08-01
皆さん毎日暑い中お仕事お疲れ様です。今回初めて、『かわらばん』を書かせていただきます。三信商事株式会社の新入社員の山本正憲です。年は40才です。あまりフレッシュな新入社員ではありませんが宜しくお願いします。
 
今回は真夏なので、私の大好きな中津祇園の事を書かせていただきます。
まずは歴史から。
 
今から約583年前の1430年(永享2年)に丸尾某の霊夢によって豊日別宮現在の「闇無浜神社」の祭礼を再興し、下正路浦の漁民が祇園の御分霊を京都の八坂神社から改めて勧請し、下正路浦の漁師の村祭りとしてのささやかな祭が行われたのが起源とされています。その後、330年前(1683年)に当時の中津藩主小笠原長胤公が京都から山車を取り寄せ、今年50数年ぶりに復活した豊後町に与えられた事から、以降、現在の様な(祇園車)と呼ばれる漆塗りの華麗な山車が出される様になりました。
現在では中津神社を中心とする(上祇園)と闇無浜神社を中心とする(下祇園)合わせて13台の祇園車と2基の御神輿が中津の城下町を御神幸し、高〆が張られた辻では祇園車の舞台で華麗な民舞が奉納されています。その賑やかさから、昭和の初期までは九州3大祇園祭(博多祇園山笠.小倉祇園太鼓)と称され、今日でも大分県3大祇園祭(日田祇園、臼杵祇園)と称されています。
 
私はその中の上祇園の新魚町で御神輿を担いでいます。20数人で約800キロ近いお神輿を真夏の土日の朝から夜まで担いでいます。担ぎ手全員力を合わせて担いでいます。かなりキツイですが休憩の時に飲むビールが言葉に言い表せないぐらい最高に美味い。何で美味いのか、多分担ぎ手全員が1つの事をやり遂げた後だからだと思います。それは仕事をするのと共通すると思います。適材適所に人間を配置して力いっぱい頑張ってもらう祭りと仕事はよく似ていると思います。だから私は祭りも仕事も好きなのだと思います。
この文章が『かわらばん』に掲載される頃には祇園も終わっている頃だと思います。今年も中津祇園期間中は交通規制などでご迷惑をお掛けしました。皆様のご協力で中津祇園は開催出来ます。安全第一で来年も頑張ります。ご協力有り難う御座いました。それとこれを読んで御神輿担いだ後の最高に美味いビール飲んでみたい人がいたら、三信商事の山本まで連絡待ってます。
 
三信商事㈱ 山本正憲
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