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株式会社三信建材社
〒871-0006
大分県中津市大字東浜1105番地1
TEL.0979-22-2830
FAX.0979-23-3830

プレスセメント瓦・セラミック瓦(ゆきち瓦)・製造販売施工
CP材(高断熱性耐火材料)、セメント、衛生陶器、太陽光発電システム、その他一般建材の販売、内装仕上げ工事の設計・施工、上下水道衛生工事の請負

 かわらばん

社内の隠れエッセイストたちのお部屋です。 毎月お楽しみに。
 毎月お楽しみに。
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2007-02-01
十二月中旬、朝6時 外はまだ暗い ごみ袋と箒と塵取を持って外に出る。
 
 月はまだ西の空に残っている、電柱にある街路灯の明かりで落ち葉をはく。向こう3軒両隣。今年の落ち葉もそろそろ終わりだな。
 
 この家に住み始めた時、1本の桜の木を植えた、小指よりも細く、1メートルに満たない小さな“そめいよしの” 1年目、葉の数が十と少し、秋にはあっさりと散ってしまいました。次の春、桜の花が咲きました。桜の木にも花にも触るのは禁止。記念撮影です、少しでも花に近付きたいから、伸び上がる児、木の下にしゃがむ子、唇を伸ばす者。ニコニコする人、あれから30数年。
 
 八月のお盆を過ぎたら落ち葉はきの始まりです、毎朝ごみ袋と箒と塵取を持って家の前の道を掃きます、八月はほんの10分で済みます、九月に入ると20分、十・十一月は30・40分程もかかります十二月は10分かな。出勤の時間と落ち葉の量で、朝起きの時間が変わります。
 
この時に人に会うのは稀です、新聞配達と牛乳屋さんはほとんど終わっていますし、まだ出勤の人もなく、ときおり早朝ウオーキングの人が通ります、「おはようございます」とお互いに一言。木から離れたばかりの桜の葉っぱは絵に描きたくなる色です、放って置くとタダの茶色の汚い枯葉になります。だから綺麗なうちにはき清めます。
 
一月、二月、三月、毎日桜を見上げるだけ。そして、蕾が確認でき、それが少しづつ、ふくらんで、そしてまた、その蕾みに桜色を感じ、桜の木の周りの空気まで桜色に見えだしたら、待ちに待った、桜が、咲き始めます。下の方から、少しづつ、少しづつ上に昇っていきます、そして満開、桜の木も歳をとります。ほんの数年前から下の方にある枝の先が幹から分かれた位置よりも低くなってきたのです。たしかに、それまでは、枝はいつも上へ、上へと伸びていきました。
 
枝の先を上へ伸ばして天までも届こうとばかりに成長している桜の木は 幹には艶がありましたし、青年のように弾けるような若さと、朗らかで、清らかな明るさを回り一面に降り注いでくれました。そして今、桜は横に広がりを見せ、力強くゆったりとした風格を見せ始めました。幹にも割れ目が入り、こぶができはじめました。
 
桜の花の下では、何をしても楽しいものです。皆で焼肉パーティでビールをぐいぐいやるのも良し、おばさんたちと、女学生に戻って、桜メドレーを歌うのも良し。1人、月明かりで日本酒をのむのも、これがまた格別にいい。こういう時です、西行法師の気持ちに成りきってしまいます。
 
“願わくば花の下にて春死なん その如月の望月のころ ”
ネー桜よ!!願いをきいておくれと、何度言ったことか。
 
桜の花も散ります。桜の花びらのじゅうたんの美しさも心に染みます。この美しさは1日のみ。2日ほっておくと老醜を感じだします、“花の色は移りにけりないたずらに・・・・・”です。
 
だから、桜が散り始めたら、また毎朝、箒と塵取りをもって前日に散った花びらは全て撤去。
 
その日に散った桜でうめた道のきれいなこと、息を詰めて、出る言葉が無いほどです。歩くのを逡巡します
 
桜の花びらを掃き終わり、その後の花の軸が散ってしまったら、緑の葉が出てきます。一面葉でおおわれたら季節も夏、桜の葉は、虫たちにも美味しいらしく色んな虫がつきます。この葉を大事にすることで、次の年の花もきれいに咲いてくれる、と信じていますので、虫たちに、ご自由に召し上がれというわけにはいきません、夏はセッセと虫退治です。
 
そして、また秋、落ち葉、掃きがはじまるのです。
 
大家桂子

平成19年 新年のご挨拶

2007-01-01
あけましておめでとうございます。
 
昨年は代表就任の初年度でしたが、お取引いただく皆様のおかげで新しい年を迎えることができました。まことにありがとうございます。
 
昨年は建築業界にとってはマイナス面の事件がいろいろ表面化した一年でした。耐震偽装、製品の不具合による死亡事故、談合問題とこれまで水面下にあったであろうものが一気に吹き出たように感じています。消費者がこの業界に向ける目がこれまで以上に厳しくなっていくのは確実でしょう。
 
社員一同「当社一社での繁栄はあり得ない」と考えています。
お取引頂く地域の建設業の皆様の繁栄があってはじめて当社は成り立っております。消費者の厳しい目の中、お取引先の皆様が仕事を勝ち得るための商品をそして情報・新工法を提供できるように、㈱三信建材社は社員一丸となって前進していく所存です。
 
また、本年8月に当社は創業60周年を迎えます。これも皆様のご愛顧のたまものと感謝するとともに、お客様が取引する価値のある会社となるための元年としていきたいと思っております。更なるご指導、ご鞭撻をお願いいたします。
 
株式会社 三信建材社
代表取締役 大家 覚(おおいえ さとる)

入鉄砲出女

2006-12-01
ようやく念願の箱根へ行ってきました。先月の24・25日でしたので、紅葉の見頃は過ぎていましたが、所々の名残を惜しむことはできました。
 
なぜ箱根なのか、おそらく唱歌「箱根八里」の歌詞と関所に対する自分なりのイメージが頭の片隅にあったからでしょう。
 
箱根湯本から関所にいく途中、国道1号線に寸断されてはいますが、旧東海道の石畳道がありました。
 
五街道の中で一番おおきな街道にしては、以外と道幅が狭い。使われない道は段々と廃れ狭くなっていくとは聞いていたがその通り、でも廃れても今くらいの幅なら、当時はやはり五街道一に相応しく、人・牛車・荷馬車と参勤交代の行列が通れるに十分な幅があったのだろうと想像できた。また、勾配もきつく、じめじめとした感じで、道際にうっそうとそびえたつ杉木立のさまは、歌詞のイメージそのままで期待を裏切らなかった。
 
 関所は、箱根駅伝の中継地点のそばから少し入った所に位置していた。私の頭のなかでは、もっと山際にあるはずだった。それが湖に接した場所にあったとは意外でした。
 
 しかし、考えてみれば湖と険しい山際の狭いわずかな隙間に関所を設けることは、自然の地の利をいかし、最小限の人・物・金で最高に実効性のある箱物を備えることであり、大変理にかなっていると感心しました。
 
 関所資料館の解説によれば、箱根関所の最大の目的は出女にあったこと。それも江戸に人質として住まわせている大名の妻女が江戸をひそかに抜け出して国元に帰ることを取り締まることが主眼であったこと。そして、男や江戸へ行く女に対する取り締まりは緩やかであったこと。これまた意外でした。」
 
私の思う入鉄砲出女の関所とは、幕府のお膝元である江戸の町の治安を守るため、鉄砲をはじめとする武器の流入を阻止する役目としての関所。また、幕府の権威・権力を脅かし、凋落せしめるような情報などを江戸から国元にもたらすスパイ役としての出女を取り締まるための関所と考えていたからです。
 
 意外の最後は、1619年(元和5年)に設けられ永きにわたる箱根関所の歴史の中で、不幸にも取り締まられ死刑になった事件は6件であったことです。関所の年月や置かれた意義・目的・役目からしてもっと多いのかと思っていましたが、意外でした。
 
これは、関所以外のところで見つかっても、関所破りとしてではなく、薮入り(単に道に迷い込んだもの)として事を処理していたからだとのことです。
 
このことは、平穏に生きるための民の知恵なのか。それとも、事なかれ主義の役人の職務怠慢なのか。
 
いろいろと思いを巡らしながら、最後の締めは、温泉と金目鯛と地酒で、満足のいく一泊2日の箱根でした。

経営管理部 S・H

日帰り温泉

2006-11-01
前回この席で温泉の話をさせて頂きましたが、今回もまた同じ路線の上のお話を致します。10月~12月にかけての3ヶ月間、九州各地ではとこでも美味い物が食べられて、素晴らしい景色を眺めての温泉が楽しめます。中でも湯布院、黒川はあまりにも有名ですが、泊りがけのコースとしては少しもったいない気がします。豊前からですと1時間半~2時間位の丁度良い距離ですし、同じ様な料理が食べれて昼間の露天風呂が楽しめる日帰り温泉は50代夫婦にとって一番の行楽(好楽)だと思っています。
 
☆お勧めの日帰り温泉
 
湯布院で一番良かったと思うのは、『山のホテル夢想園』。紅葉の時季、由布岳を望む露天風呂はここが最高です。10時~15時まで日帰り客はOKですが、私は食事の前に風呂に入るのが必須です(ビールをおいしく飲むため)。12時頃に到着して露天風呂に浸かる。13寺近くになって園内の食事処で名前を記入、10~20分間薪暖炉の近くで待てば、掘りごたつ式のテーブルに案内されます。
食事は炭火焼の豊後牛または、地鶏の定食が2,300円で食べられます。鮎、やまめの塩焼きも単品で注文出来ます。14時がオーダーストップですのでギリギリの注文をすれば14時半まで掘りごたつの中にいられます。“暖かい所で冷たいビールを飲む”これが一番の幸せです。肴が好物であればさらに最高です。入湯料は1人700円ですから、二人の費用は8,000円位ですかネェー。泊りよりは随分でしょ!!
 
黒川温泉では『やまびこ旅館』を紹介します。食事は室食でこの時季には土瓶蒸が出来ます(今年は高価なのでどうかなー?)。鮎の塩焼き、豊後牛の陶板焼、栗御飯など、季節のものが沢山出て来ます。奥様孝行には是非とも!それに家族風呂も露天風呂も無料で利用できます(事前の予約が必要)。1人5,000円ですからシーズン中に一度は行きたいところです。旅館には11時~16時まで居る事が出来ますから、11時に着くように家を出発。風呂に入って、12時頃からゆっくりと一時間かけて食事をとり、少し横になって再度3時頃帰り湯を楽しんで帰路。とうですか、この秋皆さんも!!
 
東浜工場 西本政春

新自分紀行ふたたび

2006-10-01
NHKの番組に「新日本紀行ふたたび」という番組がある。
「新日本紀行」が放送されたのは昭和40年代であった様に思ふ。内容は当時と現在を比べて時代の移り変わりの中で、どの様に変化したかをとらえた番組である。そこには、ひとつのことに打ち込んでいる人々の姿が描かれている。その中でこういうのがあった。
 
八丈島で3人の若者が港へ着いた太鼓をトラックに乗り引き取りに行くところから始まっている。この3人は八丈太鼓に熱中している髪の長い若者である。練習する青年の額に汗が滲み出ている映像からは練習の激しさを窺わせる。
その中のひとりの青年がプロを目指し新潟のプロ太鼓集団へ入団するも予想を絶した練習の厳しさ、自分の才能に疑問を感じて八丈島に戻り30数年後の今も島の青年達に太鼓を教えている。
若き日の額の汗はシワに変わり、時の移りをものがたっている。
 
丁度同じころに青年時代を送った私は、若い時にはベビーブームの世代と呼ばれ日本の高度成長期の真只中にあり、生活は豊になったものの精神的には満たされぬものがあり、それがフーテンやヒッピーなどを生み、それにもなりきれぬ者は学生運動へと走った。皆が今迄の生き方に疑問を持った時代であった。何かせねば自分を見失う様な気がした。
 
やがて、社会といふ大きな渦に巻き込まれ、もがきながらも30数年を経て、今日迄に至った。立派に生きて来たとはいえないが、少しは社会の役に立てた気でいる。
今ベビーブーム世代は団魂の世代と呼ばれ今後2~3年で第一線より身を引くことになる。同世代の人々がどんな夢を持って青春を送りどんな思いで働いて来たかはそれぞれであろうが、定年を前に「新自分紀行ふたたび」を考えてみるのもよいのではなかろうかと思う。

宇佐支店 S.W
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