株式会社三信建材社
〒871-0006
大分県中津市大字東浜1105番地1
TEL.0979-22-2830
FAX.0979-23-3830

プレスセメント瓦・セラミック瓦(ゆきち瓦)・製造販売施工
CP材(高断熱性耐火材料)、セメント、衛生陶器、太陽光発電システム、その他一般建材の販売、内装仕上げ工事の設計・施工、上下水道衛生工事の請負

 かわらばん

入鉄砲出女

2006-12-01
ようやく念願の箱根へ行ってきました。先月の24・25日でしたので、紅葉の見頃は過ぎていましたが、所々の名残を惜しむことはできました。
 
なぜ箱根なのか、おそらく唱歌「箱根八里」の歌詞と関所に対する自分なりのイメージが頭の片隅にあったからでしょう。
 
箱根湯本から関所にいく途中、国道1号線に寸断されてはいますが、旧東海道の石畳道がありました。
 
五街道の中で一番おおきな街道にしては、以外と道幅が狭い。使われない道は段々と廃れ狭くなっていくとは聞いていたがその通り、でも廃れても今くらいの幅なら、当時はやはり五街道一に相応しく、人・牛車・荷馬車と参勤交代の行列が通れるに十分な幅があったのだろうと想像できた。また、勾配もきつく、じめじめとした感じで、道際にうっそうとそびえたつ杉木立のさまは、歌詞のイメージそのままで期待を裏切らなかった。
 
 関所は、箱根駅伝の中継地点のそばから少し入った所に位置していた。私の頭のなかでは、もっと山際にあるはずだった。それが湖に接した場所にあったとは意外でした。
 
 しかし、考えてみれば湖と険しい山際の狭いわずかな隙間に関所を設けることは、自然の地の利をいかし、最小限の人・物・金で最高に実効性のある箱物を備えることであり、大変理にかなっていると感心しました。
 
 関所資料館の解説によれば、箱根関所の最大の目的は出女にあったこと。それも江戸に人質として住まわせている大名の妻女が江戸をひそかに抜け出して国元に帰ることを取り締まることが主眼であったこと。そして、男や江戸へ行く女に対する取り締まりは緩やかであったこと。これまた意外でした。」
 
私の思う入鉄砲出女の関所とは、幕府のお膝元である江戸の町の治安を守るため、鉄砲をはじめとする武器の流入を阻止する役目としての関所。また、幕府の権威・権力を脅かし、凋落せしめるような情報などを江戸から国元にもたらすスパイ役としての出女を取り締まるための関所と考えていたからです。
 
 意外の最後は、1619年(元和5年)に設けられ永きにわたる箱根関所の歴史の中で、不幸にも取り締まられ死刑になった事件は6件であったことです。関所の年月や置かれた意義・目的・役目からしてもっと多いのかと思っていましたが、意外でした。
 
これは、関所以外のところで見つかっても、関所破りとしてではなく、薮入り(単に道に迷い込んだもの)として事を処理していたからだとのことです。
 
このことは、平穏に生きるための民の知恵なのか。それとも、事なかれ主義の役人の職務怠慢なのか。
 
いろいろと思いを巡らしながら、最後の締めは、温泉と金目鯛と地酒で、満足のいく一泊2日の箱根でした。

経営管理部 S・H
TOPへ戻る