かわらばん
社内の隠れエッセイストたちのお部屋です。 毎月お楽しみに。
毎月お楽しみに。
放生会の風景
2009-10-01
彼岸花の咲く頃になると故郷日田の大原八幡さまの放生会を思い出します。
放生会は、お彼岸の中日をはさんで前後数日間のお祭りです。思い出の放生会はサーカスあり、見世物小屋ありで、それは賑やかなものでした。当時は大原参道の両側にびっしりと小屋や露天が軒を連ね、人混みの中に足を踏み入れただけでわくわくするほどの賑わいでした。
当時、昭和30年代はまだサーカスや見世物小屋が掛かっていました。神社境内に近い広場は小屋掛けの一等地でした。参道にはヨーヨーつり・金魚すくい・お面・おもちゃ・食べ物といった露店から、市役所近くの場末には瀬戸物屋・刃物屋・荒物屋・植木屋など日常雑貨の露店が店を並べていたことを思い出します。
小学生の頃は、お祭りの始まる前から友達と一緒に小屋掛けの様子をよく見に行ったものです。また、期間中は毎日大原さん通い、時には日に何度も足を運ぶ入れ込みようで、今となっては信じられないことです。
中学生の頃は、学校が大原参道近くにありましたので、お祭りの間、特に午後からの授業は上の空、サーカスの音色、動物のにおい、小屋の呼び込む声が風にながれて来て心は放生会一色でした。
幸いにも、今年はシルバーウィークのお陰で大原さんに行ってきました。賑わいは比較しようもありませんが、それでも露店は境内から市役所まで参道の両側に軒を連ねており、参道の人出も家族連れ、友達同士、カップル等で思ったより多く安心しました。
津々浦々に色んなお祭りが規模の大小はあっても行われます。
私には、やはりふるさとの慣れ親しんだお祭りが一番です。
私には、やはりふるさとの慣れ親しんだお祭りが一番です。
経営管理部 S・H
ネット入り耐火板の製造を終えて
2009-09-01
平成20年3月23日~21年8月20日まで、約48,000枚製造しました。
その内訳は、
その内訳は、
平形天井板 1,000×1,235 約6,800枚
R形耐火板 1,018×1,240 約15,000枚
R形耐火板 929×1,235 約24,400枚
敷目板用 1,018×1,240 約1,800枚でした。
原材料が高価である為、製品の切断箇所を少なくし材料ロスを最小限になるよう、今回は新しく2つの金型を製作しました。金型寸法の決定は成型時の膨張と乾燥後の収縮を考慮し、過去の実積から割り出しました。現状の幅方向の精度は+0.5、-0であり充分過ぎる結果でした。
良かった事:1番に無事故であった事。製品が予定通り納められた事(乾燥架台を設けてうまく
量産出来た)扇風機とフラットバーを使って製品の変形を抑える事が出来ました。
今後の課題:乾燥室による色のバラツキが解消出来ませんでした。
製品表面に剥がれが少し有る事(テーブルの摩耗によるもの)。
難しかった事:製品をソフトに造る事。
これまでの製品は、形が崩れない様に硬く強くプレスをかけますが、今回の製品は、裏面側にネットを挿入して、圧着、プレス成型後に受け板上でR形状にするのです。ですからネットの伸びと同じように製品も少し変形して伸びないと亀裂が生じて不良品となるのです。
その為製品は、ある程度の柔らかさが必要です。柔らかく作る為の条件は、プレススピードと共給材の軟度です。簡単に言えばミキサーの水加減です。 外気温の変化、原料粒度の変化、ミキサー羽根の摩耗、混練水の温度と水質、等要因は色々です。これらを一定の範囲内で、管理する事で良品が生まれます。
その他、金型の水抜き具合、プレスのスピード、さし板の精度等も関係しますが多くのハードルを越え、製造段階では99%の合格率を達成しております。
『物作りは、人だ!』とよく耳にします。
まさしくその通りだと実感した一年半でした。この製造に携わった多くの方々の努力と協力で達成できたと思っております。皆さんに感謝致します。
東浜工場 西本政春
国宝阿修羅展を見に
2009-08-01
九州国立博物館に行ってきました。7月14日~9月27日まで「国宝阿修羅展」が開かれており、平日に行ったというのに、博物館の駐車場は満車。仏像に興味あるなしに関係なく、人を引寄せていました。展示室に入ると、阿修羅像ばかりに人だかりができており、一対一で向き合いたいという思いは、実現しませんでした。阿修羅像の他八部衆・四天王・十大弟子などの仏像が展示されており中でも、四天王像は大きかった。四天王像と向き合うには、ちょっと怖すぎでした。
阿修羅像は、もともと奈良県の興福寺に安置されており、1275年も前からあるそうです。そこでは、前面しか見られないそうです。しかし、今回は背面と側面も見られるようになっている貴重な展示でした。まだ、2ヶ月弱展示しており、滅多にないことなのでもう一度行きたいと思っています。
阿修羅像は、もともと奈良県の興福寺に安置されており、1275年も前からあるそうです。そこでは、前面しか見られないそうです。しかし、今回は背面と側面も見られるようになっている貴重な展示でした。まだ、2ヶ月弱展示しており、滅多にないことなのでもう一度行きたいと思っています。
三信商事 株式会社
Y.T.
ネットゲーム
2009-07-01
今のゲーム機はハードの性能が格段に向上し、それに伴いゲームソフトも非常に優れたものが数多く販売されています。
ゲーム機・ソフトの価格も高額になり、そんなに多くは揃えられません。
こんな中で、インターネットのゲームサイトには無料で遊べる対戦ゲームがあります。
将棋・麻雀・囲碁など、それぞれのゲームサイトには常に3000人~4000人ほどの人たちがゲームを楽しんでいます。
このサイトは、ゲームと言っても実際に対戦するのは人間対人間なので、面白さが増してきます。
顔が見えなくても、人間が相手なのでついつい感情的になることもあり、将棋を同じ相手と5局連続で指したこともあります。
対局の最初と最後の挨拶は、だいたいの人が「4649で始まり 39で終わる」この辺はなんとなくインターネット上の対戦の雰囲気があります。
対戦中に相手から「いい手ですね」とか「あっ 間違えた」とか対戦しながら、メールのやり取りがあります。こんなゲームでも、最初と最後の挨拶を忘れずに、相手がどんな人間か分からなくても丁寧なメールを送られると、ついついこちらからも返信して、負けたのになんか清々しい気分になったりもします。
ところが、全てがこんな人間ではないから、対戦中に「とろいな、早く指せよ」とか「お前ぜんぜん弱いな」とかメールを送りつけ、挙句の果てに負けそうになると、1手に時間制限一杯の10分ぎりぎりまで指さないとか、対戦の通信を切断してゲームを強制的に終了させてしまう、通信切断されたら文句も言えないので、目茶苦茶に気分が悪いが、まあ、相手の当り外れもゲームの内ですね。
今年度は既に将棋を700局程指しました。将棋・囲碁・麻雀の趣味をお持ちの方は、是非一度遊んでみては如何ですか。
対戦できる日を楽しみにしています。
でも、病み付きになっても責任はもてませんよ。
顔が見えなくても、人間が相手なのでついつい感情的になることもあり、将棋を同じ相手と5局連続で指したこともあります。
対局の最初と最後の挨拶は、だいたいの人が「4649で始まり 39で終わる」この辺はなんとなくインターネット上の対戦の雰囲気があります。
対戦中に相手から「いい手ですね」とか「あっ 間違えた」とか対戦しながら、メールのやり取りがあります。こんなゲームでも、最初と最後の挨拶を忘れずに、相手がどんな人間か分からなくても丁寧なメールを送られると、ついついこちらからも返信して、負けたのになんか清々しい気分になったりもします。
ところが、全てがこんな人間ではないから、対戦中に「とろいな、早く指せよ」とか「お前ぜんぜん弱いな」とかメールを送りつけ、挙句の果てに負けそうになると、1手に時間制限一杯の10分ぎりぎりまで指さないとか、対戦の通信を切断してゲームを強制的に終了させてしまう、通信切断されたら文句も言えないので、目茶苦茶に気分が悪いが、まあ、相手の当り外れもゲームの内ですね。
今年度は既に将棋を700局程指しました。将棋・囲碁・麻雀の趣味をお持ちの方は、是非一度遊んでみては如何ですか。
対戦できる日を楽しみにしています。
でも、病み付きになっても責任はもてませんよ。
株式会社 三信建材社
K.O.
考えたこと
2009-06-01
私が青春時代を送っていた、昭和40年代半ば頃、隣国の中国では文化大革命の嵐が吹き荒れていた。
「文化大革命」は、上部構造である、人間の意識に至るまで革命をしていこうということである。その急先峰となったのが、「紅衛兵」である。
「紅衛兵」と呼ばれる、私と同年代の青年達が、手に「毛沢東語録」という赤い手帳を持ち、口々に「毛主席万歳、毛主席万歳!」と呼び、行進していく姿が目に焼きついて思い出される
後に、この「文化大革命」は、毛沢東と改革派との権力闘争であることを知ったが、当時その様なことは知る由も無く、熱を上げた私は、書店でこの「毛沢東語録」の和訳本を買い求めた
「毛沢東語録」とは、毛沢東の演説の主要な所を編集した手帳である
その中に、「小国は大国を、弱国は強国を打ち負かすことが出来る。その国の運命をしっかり握りさえすれば、小国は大国を、弱国は強国を打ち負かすことが出来る。」という文があった
当時、私はこの文の「その国の運命をしっかりと握る」とはどういうことなのか考えみた。
そして、私なりの結論として「民族の自決と完全なる独立」に対し、
『指導者と人民とが、そのことに対し、思いを共有するということではないのか』
そういう結論に至った。
それは、ベトナム戦争を見ても然りではなかろうか。
指導者と人民が「その思い」を共有することが出来れば、小国は大国を、弱国は強国を打ち負かすことが出来るのである。
さて、我々の業界に目を移すと、「その国の運命」とは何であろうか。
私の考えでは、「経営理念とその会社の未来」を、社長と社員が共有することではなかろうか。
大企業であるハウスメーカーや、フランチャイズ店に対し、弱小企業である地場工務店のうち、どれ位の工務店が「その会社の運命」をしっかりと握っているだろうか。
今、更に「世界同時不況」という敵とも戦わねばならない。
こういう時代ではあるが、地場の工務店には「その会社の運命」をしっかり握り、勝ち残ってもらいたい。
又、その中で生きていかなければならない我が社も、当然、同じことである。
又、その中で生きていかなければならない我が社も、当然、同じことである。
株式会社 三信建材社
S.W.
