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株式会社三信建材社
〒871-0006
大分県中津市大字東浜1105番地1
TEL.0979-22-2830
FAX.0979-23-3830

プレスセメント瓦・セラミック瓦(ゆきち瓦)・製造販売施工
CP材(高断熱性耐火材料)、セメント、衛生陶器、太陽光発電システム、その他一般建材の販売、内装仕上げ工事の設計・施工、上下水道衛生工事の請負

 かわらばん

社内の隠れエッセイストたちのお部屋です。 毎月お楽しみに。
毎月お楽しみに。
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「新年のご挨拶」

2016-01-01
 あけましておめでとうございます。
 
 お取引頂いているみなさま、昨年中は本当にお世話になりました。
 
 昨年は3月に、昭和28年からお世話になった中殿町から東浜へ本社・中津支店を移転オープンする事が出来ました。本社土地の賃貸先、オープン日も決まった中、バタバタの移転でしたが、担当いただいた設計士さま、建設会社さまのご協力のもと新社屋も間に合い、多くの業者さん、社員の協力で無事移転を完了しました。また、移転後の新社屋へも多くのお客様にご来店いただき、本当に感謝しております。
 
 4月から当社も手がける太陽光発電システムは、九電管内において発電抑制の対象となりました。一昨年9月の産業用太陽光発電システムの受け入れ一時中断と併せて、「太陽光発電システムはもう終わったね」との風潮となり、当社も発電抑制の詳しい内容把握に手間取り、この風潮を打破する事が出来ず、販売の数字を大きく落としました。産業用システムを投資と考える人たちにとっては、条件が悪くなったようですが、家庭用余剰販売システムについては、まだまだ過去と比べても有利な条件であることをうまく伝えきっていません。当社では、今がこの有利な条件の採用出来る最後の機会だとゆうことを全社員で宣伝しております。ご興味あればお声かけください。
 
 
 8月後半には平成16年秋以降、11年ぶりに台風が近づきました。幸いな事に大きな被害は無かったですが、屋根、スレートの補修は職人の不足、特にスレートは材料の不足でご迷惑をおかけいたした。施工する職人も、材料生産の能力も日常の仕事をなんとかこなせる体制しか確保出来ておらず、需要が少し増えただけでそれをカバー出来ない状況を痛感しました。特に職人不足、高齢化には今後対応が必要だと考えています。
 
 当社は、お取引いただく皆様と「安心・安全な家は、そこに住む人を健康で明るくし、ひいては地域を豊にする」という目的を実現すべく行動しています。
 
 2016年はこの目的のため、お客様へさらに一歩近づく行動を起こそうと思います。
 
 三信建材社が「どんな会社で」「何が得意で」「どんなことが出来るのか」知ってもらうことで、一件でも多くの客様へ「安心・安全な家を作るための、信頼出来る商品を、お客様の希望に添うよう納品出来るように、そして安全な施工と安心をお届け出来るよう」、社員一丸となって邁進してまいります。
 

平成28年 元旦
株式会社 三信建材社
代表取締役 大家 覚

「車の運転」

2015-12-01
初めてのかわらばんといことで何を書こうかと色々考えたのですが、今回は最近身近になった車について書きたいと思います。
私が運転免許を取得して7ヶ月、自動車学校で初めて運転したときは40キロを出すのでさえ怖く、もう運転したくない!なんて思っていましたが、速さにも慣れるもので高速道路の運転では、楽しかった~!と終われるほどでした。そういった経験を得て私も運転出来るようになったのですが、最近は毎日運転する中で自転車に乗っている人が怖いと思うようになりました。特にヒヤヒヤするのが信号待ちをしているとき、壁と車の間が狭く自転車の通れるギリギリの幅でも速度を落とすことなく通っていく自転車です。学生時代、私も特に気にすることなくそういった運転をしていたと思います。ですが、車を運転するようになった今、自転車目線だと当たり前のように通れる幅でも、車目線だとそうじゃないということを実感し、意識の違いによる危険性について考えるようになりました。これからもこの危険性を忘れず、たまに初心を思い出しながら、安全運転のマイカーライフを楽しみたいと思います。
次はどこに行こうかな~?
 
総務部 今永 結衣

「社員旅行」

2015-11-01
宇佐支店には、私が入社する前から続く、支店独自の制度があります。
今年10月、三年ぶりに旅行に出かけました。今回の旅先は東京。一泊二日という短い時間ではありましたが、「THE・東京」という要素をギュギュッと詰め込んだ中身の濃い二日間だったと思います。
 
旅行に行くと、不思議とみんなとの距離が縮まる気がするのは気のせいでしょうか。
半分プライベートと娯楽を楽しむ時間を共有することになるので、最低限の親密性を作りやすくなるので、日ごろ話さないようなプライベートな話をしたり、なんとなく腹を割って話せる雰囲気が生まれるように感じます。これも、職場における人間関係の円滑化の手段のひとつなのかもしれません。
なるほど。だから昔から宇佐支店の人たちは、人が入れ替わってもアットホームで家族のような雰囲気なのかもしれませんね。。
 
私が初めて旅行幹事を任されたのは入社2年目。
入社1年目に行った旅行が最悪で、予算を節約したため、宿泊したホテルは国民宿舎。夜21時をすぎるとお風呂のお湯は止まる。レンタカーを借りて観光すれば道に迷う。。
その時の幹事に不満苦情を言ったら「文句を言った人が次から幹事をしろ」と言われ、押し付けられた幹事の役目。あれから20年がたち、私以外に苦情を言う人が現れなかったので私が継続してきました。
20年・・・そろそろ旅行幹事のバトンを次の人に渡そうかなと思ったりもしました。
 
が!!!
残念ながら、旅行幹事って大変だけどめちゃくちゃ楽しい!
やっぱりこれはまだ続けたい!いう思いが強くなった今年の旅行。いつか誰かが苦情を言ってくる人が現れるその日まで、幹事を続けていたいと思います。
 
宇佐支店 川野 千草

「今」

2015-10-01
 早いもので、あの震災からもう4年...。
 皆さんは、震災が起こった時、どこにいらっしゃいましたか。私は当時高校3年生。卒業式も終わり、友達と遊んでいるときに、地震があった!と母からの電話で知りました。揺れを感じなかったことと、周りにいる人を見ても慌てている様子もなかったことで「またちょっとした地震かぁ。」と思い、私は気にせず友達と遊んでいました。しかし、その何分か後に母からの電話で「津波よ!津波!早く帰ってきなさい。」との電話。津波に対して、当時はそんなに恐怖感をもっていなかった私は、半信半疑で家に帰りました。テレビで繰り返し放送される津波の映像に言葉を失ってしまいました。当時、テレビで放送されていたこの津波に全く実感がわかなかったことをよく覚えています。津波で家や車が流されているのが、CGのように見えて、事の大きさにイマイチ納得していなかったのだと思います。今でこそ冷静に見えるものの、当時高校生だった私の感想はまさに巨大火事。地震に対する恐怖感は多少あったものの、「津波」による被害については、実感を伴わなかったのだと振り返って思います。
 私の家では、水・ガス・電気などを無駄に使わない様に心がけてはいましたが、本当に日常と変わらない生活が続ける事ができていました。今思えば、私がいつもの「日常生活」に戻るのは、本当に早かったと思います。
 しかし、『今』行っても行かなくても、被災地は少しずつ復興を遂げていく。こんな私にも何か役に立てることはないか...と、思ってはいたものの、何も行動することが出来ないままでいました。もうすでに2年もたっていましたが、私の地元で震災が起きた年から、チャリティーイベントをしていることを知り、私も企画側として、参加させてもらうことにしました。当時、地元に住んでいなかった私は、何度も帰ってきては、イベントの話合いに参加していました。そのイベントとは、毎年8月にある日本テレビの『24時間テレビ』を真似して、同じ日、同じ時間にソフトボールの試合をして24時間つないでいくというイベントです。昼間は小学生も参加でき、夜中は大人のチームで24時間をつないでいきます。このイベントの始まりもやはり、何か少しでも被災地の方々の役に立ちたい!日本を明るくしたい!という気持ちから、始めたとのことです。
 優勝したチームには賞金もあり、また野外には焼き鳥などさまざまな出店もあります。ただ、優勝を競うだけではなく、募金箱を色々なところに設置し、募金活動も行って、被災地に寄付をしています。
 私たちが行うチャリティーイベントとしての活動は、2日間だけですが、一定の達成感と、何事もなく終えた安心感で、私たちは翌日からまた今まで通りの生活に戻っているわけですが、被災地の方々は、地震・津波の痛手は今後も少なくとも数年間はずっと続くのだということを考えると、毎年行っているこのイベントがただ「いい経験をさせてもらった」などという感想を残して、過去の単なる思い出として終わってしまうような事がないようにしなければいけません。これを機会に私は今後もずっと、東北の被災地を見つめ続けていこうと思います。そしてまだ5回目ですが、このイベントをもっとたくさんの人に知っていただいて、参加していただきたいと思っています。
 
企画部 矢野 杏

「シルバーウィーク」

2015-09-01
 8月13日~16日のお盆休みも終わり、ようやく休みボケも抜けてきた今日この頃ですが、9月20日~23日にはシルバーウィークです!!数年に一度訪れるシルバーウィークですが、いつがシルバーウィークの年に該当するかご存知ですか?シルバーウィークの始まりは、1950年代前半に映画会社“大映”の松山英夫専務により提唱されたもので、4月末から5月初めにおける大型連休「ゴールデンウィーク」と同様に作られたものであったが、1950年代中盤ごろにはゴールデンウィークのみ定着し、シルバーウィークは定着せずに消えていったそうです。
 まず、ハッピーマンデー制度により敬老の日が9月第3月曜日なりました。また、1985年に国民の祝日に関する法律(祝日法)に“その前日及び翌日が国民の祝日である日は、休日とする”という改正がなされた為、秋分の日が9月21日22日23日のいずれかで、かつ水曜日だった場合、その2日前が必ず9月第3月曜日なので敬老の日となり、その両日に挟まれた火曜日が国民の休日となるので、日曜日~水曜日が4連休、土曜日を休日として扱うと5連休となる。
 今年がその該当年となり、次回は2026年となります。私は今のところ予定がないので、のんびり過ごす予定ですが、シルバーウィークを利用してお出かけされる方は、運転等充分気をつけて楽しんで下さい。
 
中津支店 横山解史
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